渡せなかったカバの歯ブラシ

今日は昔すごく好きだった人の誕生日。毎年この日が来ると、その子にあげるはずだった誕生日プレゼントを現在わたしが使ってることに少し笑ってしまう。会う回数や連絡を取るのは年に一回あればいい方だが、未だにその子との関係はかろうじて続いている。私にとっての初恋はきっとその子になるんだと思う。初恋が破れてもその子がいつまで経っても特別なのは、初恋の相手だからなのか分からない。顔は私の好みじゃないし、性格もとりわけ良いわけじゃない、でもその子に強烈に惹かれるものがあった。何を考えているか分からないところや、芸術センスに長けているところ、なんでも持ってると思えば心の中に抱えている闇が人一倍深いこと、秘密主義で自分の思いを何も言わないこと、その全てが私にとって魅力的だった。一番近くにいるのは私だと自負していたのに、近づけたと思えば離れていって、私が離そうとすると近づいてきて、駆け引きが上手な子だった。
 なんでその子をそんなに好きになったのかは分からない。けれども、その子の目には私じゃない別の誰かが映っていて、そのことを考えると猛烈な嫉妬に駆られた。私はそれ以降恋と呼べるものをした記憶がない。その子との恋が特別すぎて、他のことが入ってこない。その子が覚えていなくても私は覚えている。授業中にやり取りする手紙、態度が悪すぎて強制居残り、現実逃避してありえない人生の選択、話し足りなくて玄関の前で語る夜中、真冬の散歩、作品のストーカー、本のやり取り、全部あの子が覚えてなくても大事にしてなくてもいい。私が覚えてて大事にするから。
 友達だと思ってたけど違ったんだよね。私はそれ以上の関係になることを求めたしあの子はそれを拒んだ。ただそれだけのこと。でも、話したかったこと、渡したかったものたくさんあるんだよ。
 今はもうなんとも思っていないけど、数年前の自分を振り返るといたたまれない。それからどんな人に会っても好きだという感情が欠落してる。良い人でも容姿が整っていてもなにか違うんだよな。別に今はもうどうでもいいけど。友人のうちの一人でお互い関係が成立してるしね。それで私は納得してるし幸せだからそれでいい。
 誕生日おめでとう。歯ブラシは私が使ってるよ。